2025年は、複数回に分けて九州を一周するロングライドに挑戦している。
11月12日から25日までの14日間、熊本駅を出発し、福岡県・佐賀県南部を経て長崎駅までを走破した。
本記事では、その第三弾となる旅の日々を綴っていく。
DAY4:2025年11月15日(土)
久留米 → 佐賀県入り → 吉野ヶ里 → 佐賀 → 再び福岡県入り → 大川
移動距離:47km(累計185km)
累積標高差:99m(累計974m)
初訪問の佐賀県へ、吉野ヶ里遺跡を歩く
福岡県を出て筑後川を渡り、今回が初訪問となる佐賀県へ入る。
まず向かったのは、特別史跡・吉野ヶ里遺跡。日本最大規模の弥生時代集落跡であり、その広大な敷地内をじっくりと歩いて回った。

ハイライトは北墳丘墓。発掘された状態のまま保存されている本物の遺構と甕棺を間近で見学でき、やはり本物に勝るものはない。その迫力は圧倒的だった。
佐賀の味を知る一杯、あっさりとした佐賀ラーメン
昼食は佐賀ラーメンを選んだ。豚骨ラーメンではあるが、太めのストレート麺に、脂と塩味を控えめにしたあっさりとしたスープが特徴だ。生卵をトッピングしていただいた。
長崎街道の面影を辿り、佐賀市の近代建築を巡る
その後は佐賀市街地へ。長崎街道沿いに建つ旧古賀銀行(現在の佐賀市歴史民俗館)、旧古賀家、旧牛島家など歴史的建築物を見学した。
佐賀県庁の展望ホール「SAGA360」は、ビルメンテナンスのため残念ながら休館だった。自転車で訪れた施設や飲食店が臨時休業というのは、自転車旅あるある。
佐賀城本丸歴史館で知る、幕末佐賀藩の先進性
気を取り直し、佐賀城本丸歴史館へ向かった。江戸時代の姿を今に伝える鯱の門をくぐり城内へ入る。館入口でアームストロング砲が出迎えてくれた。
佐賀藩が所持していたアームストロング砲などの最新装備が、戊辰戦争で実際に使用されたという。
館内では佐賀藩の歴史を学び、特に幕末から維新期にかけての近代化の過程に強い興味を抱いた。
佐野常民と三重津海軍所、日本近代化の原点に触れる
続いて、佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館を訪れた。ここは、日本赤十字社の生みの親である佐野常民の業績や、三重津海軍所のドライドック木組遺構の原寸大模型、マルチビジョン映像などが紹介されている施設。係員によるミニツアーがあり、その解説は丁寧で分かりやすかった。
佐賀藩はここで独自に海軍技術の教練を始めるとともに、日本初の実用蒸気船「凌風丸」を完成させた。並行して艦船の購入も進め、国内屈指の海軍力を有していたという。日本の近代造船の礎はここから始まったのだと思うと、幕末の佐賀藩の先駆性に驚かされる。
筑後川昇開橋の夕景と川アンコウ
筑後川昇開橋を渡り、再び筑後川を越えて福岡県へ戻る。本日の宿泊地は大川市内とした。佐賀市街地には宿泊施設が少なかったためだ。
タイミング良く、筑後川昇開橋の中央に夕陽が沈む瞬間を写真に収めることができた。旅の記憶に深く残る、素晴らしい光景だった。
宿の夕食では、「川アンコウ」と呼ばれる筑後川産の天然ナマズの天ぷらが供された。言われなければナマズとは気付かないほどで、泥臭さは一切なく、さっぱりとした中に深い味わいがあった。高タンパクで低カロリー、低脂肪に加え、ビタミンEやB1も豊富に含まれており、健康食・美容食として大川では古くから食されてきたという。 豊かな自然が生み出す食文化だ。



