「伊豆山稜線歩道」と聞いて、すぐに場所が思い浮かぶ人はどれほどいるだろうか。
伊豆山稜線歩道とは、伊豆半島の真ん中に位置する天城峠から修善寺・虹の郷までを結ぶ、全長43kmの自然歩道のことだ。今回はそれを天城峠から修善寺駅まで、45kmにわたって走りつないだ。首都圏の1都3県で出されていた緊急事態宣言が解除されたのを機に、久々の遠出を決めた。
この自然歩道は、IZU TRAIL JOURNEY(ITJ)の後半コースでもある。ITJは、伊豆半島西側の松崎新港から二本杉峠を経て、伊豆山稜線歩道を通り修善寺まで至るワンウェイ70kmのトレイルランニングレースだ。レース名が示す通り、「伊豆の旅をトレイルランでつなぐ」というコンセプトで、ロングトレイルがそのまま旅となることを実感できる魅力的な大会である。
僕は一度だけこのITJに出場したことがある。たしか、2013年の第1回大会だった。長距離を走る経験がまだ少ない頃で、ペース配分も分からず、前半はオーバーペース、後半はヘロヘロだった。記憶に残っているのは、広がる笹原の稜線で吹きつける冷たい風のことだけ。あまりに辛く、顔を上げることもできず、ずっと下を向いて走っていた。その印象が強すぎて、以後、この大会には出ていない。
「どんな景色だったのだろうか?」
目の前に富士山や駿河湾、伊豆の山々が広がる絶景を、五感で感じてみたい。そんな思いが湧き上がり、もう一度、伊豆山稜線歩道を走ってみることにした。
今回、一緒にロング走の練習をしている会社の後輩を誘った。以前、彼女が「伊豆山稜線歩道に行ってみたい」と言っていたのを思い出したからだ。
「天城峠から修善寺まで縦走しませんか? 富士山の絶景が見られるかもしれませんよ。」
そんな言葉と共に、稜線から望む富士山の写真を添えて誘った。
緊急事態宣言が明けた3月のある早朝。品川駅から新幹線で三島駅へ。伊豆箱根鉄道に乗り換えて終点・修善寺駅まで行き、そこから始発のバスに乗り、天城峠へ。都内から3時間かけ、定刻通り8時58分に天城峠バス停に着いた。バスを降りたのは、僕たち2人のほかに、大きなバックパックを背負った5、6人のグループハイカー。軽装のトレイルランナーは僕たちだけだった。